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TRAVEL/ TOLEDO 2018 ARCHIVES

2018年04月20日

日帰りでマドリードからトレドへ、寂れた街なんだと思ってたら超観光地でビクーリ。

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マドリードのプエルタ デ アトーチャー駅からレンフェrenfeで片道30分のトレドまで。
往復1時間なら日帰りで行けちゃうね。

チケットはGo Euroから買いました。
往復1人20.60ユーロに手数料が2.68ユーロ。

まずは荷物検査があるのでラゲッジコントロールの表示を目指し、その先で電光表示板に表示されたゲートに向かいます。


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気合を入れて8時くらいの便にしたら、まだちょっとくらいです。笑


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8時半にトレドに着きました。寒い。


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イスラムを想わせる美しい駅舎ですね。


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蛇行するタホ川に囲まれた城塞都市、トレド旧市街に歩いて向かいました。


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朝日が美しいね。


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これがタホ川。
トレドはエルグレコの絵の中にも登場します。


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早く着すぎたので誰もいません。
こっそりと城塞内に潜入成功した感じです。笑


この時はトレドって人気ないんだな、と思ってました。
この鄙びた雰囲気を1日満喫しようかと。笑


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まずはムゼオ デ サンタクルスMuseo De Santa Cruzに向かいます。

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思ったよりも早く着いちゃって、開館時間までぶーらぶーら。


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トレドはセルバンテスの書いた小説、ドンキホーテが旅した地だそうで、あちこちに像があります。


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ムゼオ デ サンタクルスはかなり見応えのある博物館でした。
その様子はまた次の記事で。

見終わったところで博物館前にベンチ座って、朝作って来たサンドイッチを食べました。
トレドはあまり食事を期待してなかったので。笑


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博物館からカテドラルに向かうと、想像もしていなかった人集り。
というか、トレドってすごい観光地だったんですね。笑
そりゃそうか、世界遺産だものなぁ。

お土産物やも多く、観光客向けな感じで意外でした。


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カテドラルが見えて来ました。
さすが絵になる街並みです。


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トレドはかつての西ゴート王国の首都で、中世ではイスラム、キリスト、ユダヤが共存したことがあり、その様子が残っている旧市街が世界遺産なのだそうです。

この後、サント トメ教会 Iglesia de Santo Tomé、エルグレコ美術館 Museo de El Greco、セファルディ博物館 Museo Sefardíを見て回りましたが、その様子も、またあとで。

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2018年04月23日

サンタクルス美術館 Museo De Santa Cruz

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トレドにあるサンタクルス美術館は16世紀にイサベル1世によって作られた病人や孤児のための事前施設だったそうで、現在ではマドリードのプラド美術館の姉妹美術館として「無原罪のお宿り」や「聖母被昇天」などエルグレコの作品22点の所蔵があり、また考古学博物館としてローマ、西ゴート、ムデハル文化の他、伝統的な工芸品の展示もあります。

1階の中庭には美しい回廊があり、その先には企画展示室。
2階にも企画展示スペースと、現代の作家によるギャラリーのような展示も見られました。

盛りだくさんな美術館でした。


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この弾の跡はなんでしょうか。。


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美術館前からの見晴らし。
ベンチがあったので、ここでアパートで作って持ってきたサンドイッチを食べました。

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トレドといえばエルグレコです。

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トレドにはエルグレコの住んでいた住居付近に作られたエルグレコ美術館もあります。
マドリードとトレドに来たのだからグレコの復習をしなければいけませんね。

「エルグレコ」とは「ギリシャ人」という意味です。
本名はドメニコス・テオトコプーロス。
スペインに来る前にイタリアにいたため、イタリア語で「ギリシャ人」を意味するグレコにスペイン語の男性定冠詞エルがついた通称です。
出生はギリシャのクレタ島(当時はヴェネツィア共和国の支配下)。
そのためビザンチン美術の影響を受けて育った後、ヴェネツィアでティッツィアーノに弟子入りして色彩や遠近法、解剖学、油彩技法などを習得しました。
イタリアの絵画の主流がヴェネツィアからローマに移ったこともあり30歳でローマに移動、その後でスペインに移りました。

宮廷画家を目指すもその奇抜な構図やデフォルメはフェリペ2世には受け入れられず断念、その代わり、宗教関係者や知識人からは圧倒的な支持を得ていました。
マニエリスムの衰退と共に流行が去るようにグレコの作品も人々の記憶から消えてゆきますが、印象派の画家やピカソによって、その独自性が再評価され今に至ります。


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ギャラリーのようなスペースではJUANAN REQUENA展とありました。
光とオブジェ、写真によって、断片をかき集めた記憶の中にいるような展示でした。


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一階の中庭の先にも展示スペースがありAlfredo Castañeda展でした。


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光が当たるところは暖かいのですが、日陰はちょっと寒い2月のトレドです。


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2階には光の画家と呼ばれたソローリャの風景がによる展示もありました。
ソローリャについては、また後ほど、ソローリャ美術館の時に。

2018年04月28日

サント トメ教会 Iglesia de Santo Tomé

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今日も旅のあとのお勉強のお時間です。(笑

トレドでみたグレコの絵の中で、ここ、サントトメ教会にある「オルガス伯の埋葬」が一番記憶に残っています。

ここは撮影禁止でしたのでwikipediaからお借りして来ました。

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題材は、死後に伯爵位を綬爵されたトレド出身のオルガス首長ドン・ゴンサロ・ルイスが1312年に死去したときの伝説です。
この教会の修復や拡張のために多額の遺産を残したオルガス伯が埋葬される際、聖ステファノと聖アウグスティヌスが降臨し、彼らによって埋葬されたという話です。

画面は上下に分けて見ることができます。

上は天上の世界、
イエスを頂上に左にマリア、右にヨハネ。これはビザンチン様式のイコンに良く見られる構成です。

下は現世の世界、
煌びやかで精巧に描かれた服を着た聖ステファノと聖アウグスティヌスの周りには、教会の司祭と当時のトレドの著名人と想われる人たちが並びます。
その中にはグレコ本人や息子のホルヘマヌエルの姿もありますが。

1586年から1588年にかけて描かれたこの絵は、グレコにとってそれ以前のヴェネツィアやローマの影響というか作風に囚われることなく、独自の作風を表した最初の傑作と呼ばれています。

肖像画というのはパトロンが自分の姿を後世に見栄え良く残すために描かせたものが多くありますが、時の著名人や偉人に対するレスペクトから残される場合もあります。
群像としてこの時代の著名人を集めた記録として考えたとき、社会的な価値が出てくるのと共に、この絵の密度からグレコの肖像画家としての力量を再確認しました。
すっげぇな、と。


個人的にグレコの作品の中では好きな絵が2枚ありまして、
聖人画を含めた宗教絵画を多く描いたグレコの、宗教的な題材の作品の中ではこれが、
もう1つはメトロポリタン美術館にある宗教画ではない「トレドの眺望」が好きです。

2018年04月29日

エルグレコ美術館 Museo del Greco

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トレドで2箇所ある国立美術館カードが使える施設の1つ、エルグレコ美術館です。
といっても入場料3ユーロだけどね。

ここはエルグレコが住んでいた家なのかと思いきや、1906年にベガ インクラン伯爵がエル・グレコが住んでいたとされる住居付近(ユダヤ人地区)の14世紀の中世家屋の廃墟を数件買い取り修復し、当時の家屋とグレコが暮らしていた生活を再現させ美術館としてオープンさせたそうです。
現在は国営の美術館です。
散々になったグレコの作品を集める目的もあったそうで、晩年の「十二使徒」「トレドの景観と地図」「聖ペテロの涙」のほか、スルバラン、ムリーリョの絵もあります。

気合入れて絵画を見に来るというよりは、建物を見学しながらのんびり回る美術館という感じかな。

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エルグレコの住んでいたこのエリアはユダヤ人居住区でもあります。
中世のトレドでは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教が共存し、影響し合いながらキリスト教建築とイスラム教建築の融合したムデハル様式が生まれました。
トレド駅の駅舎がムデハル様式で、とても美しい建物でした。
エルグレコ美術館の隣にはセファルディ博物館があり、ユダヤの人達の生活と歴史を見ることができます。
それはまたこの次に。

2018年05月11日

セファルディ博物館 Museo Sefardí

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ユダヤ人のサムエル ハ レビによって1350年に建てられたムデハル様式のユダヤ教会でトランシト教会。
現在はセファルディ博物館としてユダヤ文化を伝える博物館となっています。

これまでユダヤの会堂に入ったことがなかったので、トレドで記憶に残った建物の一つです。

エルグレコ美術館のすぐ近くのこの場所は、当時ユダヤ人居住区の中心辺りだったそうです。
718年からはじまったキリスト教国家によるイベリア半島の再征服活動レコンキスタ(国土回復運動)の終焉となる1492年に、グラナダを陥落させたたイサベル女王とフェルディナンド5世のカトリック両王によるユダヤ教徒追放運動により、トレドに住んでいたユダヤ教徒はキリスト教への改宗か国外退去のいずれかの選択を迫られ、15万から20万人のユダヤ教徒がイベリア半島を去ったのだそうです。
トレドにおける、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が共存し影響しあっていた時代が終わったわけです。
その後、この建物はカソリックの礼拝堂として使われ、現在は国定建築物の博物館となっています。


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なかに入るとまずはシンプルで大きな空間でした。


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この無機的で静質な雰囲気にしばし呆然としました。


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ところどころにヘブライ語が刻まれていますが残念ながら読めないのでわかりません。。

大きな空間の会堂の奥、半地下にはユダヤの衣装などの博物展示がありました。
2階には映像資料などにより、ユダヤの結婚式などを見ることができます。

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椅子に腰掛けてゆっくりさせてもらいました。

見終わってから、館内に帽子を忘れてしまったような気がして再入場したのですが、2度とも きちんとした手荷物検査を受けました。

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