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墓参りからあれこれ

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実家のある古河に住んでいる頃は法事も含めて年に何度か寺に行くことがあった。
那須に来てからは仕事柄、休日の法事はほぼ欠席させてもらっている。
夏のバタバタと彼岸が終わったこの時期、2人で両方の家の墓参りに行くのがこの何年かの定例行事になりつつある。

自分の実家の墓は家からそう遠くない寺にあり、昔からほぼ変わらない眺めだ。
手漕ぎポンプの井戸も健在。強いて言えば、敷地は拡がらないのに墓の数は増えていて、もう隙間がないくらいに密集し、駐車場が整備され監視カメラが設置された。
この時期に墓参りに行くと、お彼岸からの花は首を擡げ枯れているけど、その花や線香の灰から家族のお参りの景色を想像させる。
色を増したお供えの梨は秋を感じさせ、缶ビールや日本酒のカップは故人の趣味を窺わせる。割りとよく見る栄養ドリンクは故人の趣味というよりは家族からの、そっちでも元気でね、というメッセージなのかもしれない。
僕らは那須高原を想わせるりんどうの花を用意し、墓に供える。
この日の朝、僕はネットのニュースでジョブズが他界したのを知った。実家の墓前で手を合わせ挨拶のあとに「今日、ジョブズがそっちに行ったから。会ったらよろしく言っといて」と付け加えた。

妻の実家の墓は、母が他界してから探され、土手沿い霊園の一画にある。
霊園だから仏教、神道、無宗教も問わない。
お供えのも花もあれば榊もあり、梨かと思えばクレープフルーツだったりとバラエティに富んでいる。
この霊園は住宅地から少し離れた場所にある。
以前、行き方を調べるのに検索した際、この霊園の経営者は産廃処理業も経営しているのを知った。
多くの人は死んだらお墓に入る。
新しい家族との暮らしの中で今まで墓を持っていなければ墓を買うという選択肢が上り、今までの墓が減らなければ墓は増える。
家の隣りが墓地だと嫌だという人もいるから住宅地に霊園は作り難いかもしれない。
以前、産廃屋の社長が言っていたのを思い出す「俺らは人の嫌がる事を代わりにして金をもらってんだ」。

那須周辺には産廃最終処分場が多い。
この産業廃棄物は那須近隣だけで出たものじゃない。都会から出た産廃がわざわざ山に運ばれてくるらしい。
産廃は日常の中で自分は出していなくても、家を建てる時はもちろん、住んでいる家を壊せば産廃が出るし、普段通っている道路だって産廃になる。
町は産業廃棄物の最終処分場を受け入れることで何か得があるんだろうか。
僕らは知らないうちにその恩恵に与っていて、近所から産廃処分場がなくなると幾らか税金が上がったりするんだろうか。
せめて僕らは産廃が出ないように気をつけながら生活のあれこれをセレクトしなくちゃいけないと思う。
産廃についての問題は那須に越してくる前から知っていたつもりだけど、実際に近所にあって目の当たりにすると感じ方が違うもんだ。

東北である福島県の原発で作った電気は、関東で使われている。
今回、原発での事故で沢山の人が被害を被ったし、多くの人が我がごととして危険を感じている。
僕は原発なんてなくすべきだと思っているけど、自分の住んでる国の総理大臣はそうは思っていないようだ。
原発から出たゴミをどうすることも出来ないのに、まだゴミを貯めようとしている。
今の子供たちが大人になれば、この危険で厄介なゴミを何とかしてくれるとでも思っているのだろうか。
原発はなくても生きていける。避けて通れないものじゃない。

3月の地震以降、仕事の時間を増やして頑張って働いてみた。疲れてみた。
仕事の時間を増やすと、自分の気持ちを言語で整理する事が出来ないことを知った。
つまり思考がストップしてしまうみたいだ。僕の思考はタフじゃない。
このブログも更新出来ない。
でも原発を無くさない方向らしいと聞くと、
こんな僕でも流石に言葉にしなければと思う。

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2011年10月07日 23:55に投稿されたエントリーのページです。

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