KARAKARA-FACTORY

それだけ時間を掛けたけど、見られて良かったと思う。
帰りの時間もあったから公園散策はせず、常設も早足で過ぎた。常設の川村ロスコルームは閉鎖され、今回の企画展示に作品を移動させているようだった。今回の目玉は何と言ってもシーグラム壁画だ。ロスコの展示ブースに入ると気持ちを落ち着けるかのように先ず１点、その先に進むと小作品と説明と書簡の展示があった。
書簡は、展示する場を失った３０枚のシーグラム壁画へのロスコの想い、そのうちの９点がイギリスのテートギャラリーに寄贈、ロスコの絵画だけの空間で永久展示されるに至った経緯を示した、当時のテートの館長ノーマン・リード宛にロスコが送った１６通の手紙だった。僕はこれをゆっくり読んだ。
他の作家の作品と一緒に展示されずに自分の作品だけの空間を求めたロスコが得た、ニューヨークの最高級レストラン「フォーシーズンス」の壁面を埋める依頼のために制作されたシーグラム壁画。その展示直前、レストランの雰囲気が作品と合わないとの判断でロスコは契約を解約。行き場を失った作品に、テートがロスコだけの空間を用意するから作品を寄贈しないかという話が持ちかけられて書簡は交換されはじめる。ニューヨークでの人気急騰によるオークションでの作品の売買は、彼を、作品への真の理解者を求めるようにさせたと同時に、周囲に対する疑念をも齎したようだ。４年間に渡るリードとの書簡の交換のなかでロスコは、リードの理解に喜び、自分の信念を伝え、リードの対応に疑心し、その疑念が晴れた時にはまた喜んでいるのが見て取れる。ロスコの筆跡は時に乱れ、落胆した時にはタイプライターで打ったりと、ロスコの手紙は感情の起伏まで痛く感じるものだった。神経質で面倒な人なのかもしれないけれど、ロスコがシーグラム壁画の為の永久に続く空間を求めていること、作品を売らないことを強く望んでいるのが伝わってきた。４年間の交渉の末、作品が海を渡りテートに着く頃、ロスコは腕を切って自らの命を絶った。
書簡の展示ブースの次にシーグラム壁画の展示室があった。
シーグラム壁画は見上げる高さで展示室の４面３６０度に連なって展示されたいた。位置が高い。これはロスコの手記に残された意思によるものなのだそうだ。薄暗い展示室内で作品を見上げ、息を飲んだ。礼拝堂で絵画を見ているかのような空気があった。他の鑑賞者の頭も干渉しないから時間の事まで忘れて絵画だけを見た。
作品を見ている僕の目の焦点が絵画からずれていくのを何度も感じた。その度に、視覚によって得る情報は色に占められ、ロスコの絵画に向けて発したベクトルは無意識のうちに自分の内部に向けられて、目のスクリーンはロスコの色を映しながらも、僕の内のベクトルは複雑に交錯しはじめた。あっという間に時間が経った。
テートギャラリーから３枚、ワシントンナショナルギャラリーから５枚、そして川村記念美術館の７枚の、計１５枚がここに展示されている。
これはそうそうある機会じゃない。来て良かった。
今回展示されたロスコの書簡が、購入したカタログに掲載されていないのは非常に残念な事だけど、今月７日までだった期間は好評のつき１１日まで延びたそうだ。

川村記念美術館を後にして上野のデパ地下で夕飯を買ってから真っ直ぐ那須に帰った。
帰りの電車は座れなかったからちょっと疲れたけど、道路は空いていたから１１時には家に着いた。
パトラッシュ、僕、もう眠くなっちゃったよ、とは言わず、今回は遠路のため御留守番だった厨房長とデパ地下の惣菜と土産話を広げてアルコールを摂取したのでした。