KARAKARA-FACTORY

厨房長は少し席を立ち店内を徘徊、僕はしばし席で１人寛いでいた。
するとムール貝を運んでくれたアラブ系っぽい接客係の男が僕の前に立って笑顔で話しかけて来た。「英語は喋れるか？」と聞かれたから「少しなら」応えた。
「何処から来たんだ？」
「日本」
「え？ インドネシアじゃないのか！？」
「違うよ」
男は何故か驚き、少し残念そうな顔をしたあと、また笑顔になり胸を張ってこう言った。
「俺はマラケシュだ。知ってるか？」
「ああ、マラケッシュ、モロッコだ、知ってるよ」
「行ったことあるか？」
「まだない」
男はまた少しだけ残念そうにしたが、何か思い出したように笑顔になって、視線でテーブルの上を指してから腹の辺りで右手の親指を横向きに立てた。
「どうだ、美味かったか？」
「ああ、凄く美味かったよ」
僕も親指を立ててそう言った。男は満足そうに何度か頷いてから、真白い歯を見せ笑顔で手を振り離れて行った。
どうも僕はインドネシア人だと思われていたらしい(^_^;)
席に戻った厨房長は、店の入口近くの席には日本人の客が何組もいたよ、と言った。そう言えば僕達の座っている店の一番奥は地元がどうか分からないが外国人だらけだ。ほんとは僕もそっちに座るんだったのかもしれないな。

僕は接客係の男が「俺はマラケッシュだ」と誇らしそうに言った時に、あんた凄いな、と言いそうになった。マラケシュが世界遺産だからじゃない。フランスに来てこうして立派に仕事が出来ていることが凄いと思った。僕がこのままパリにいたら何でお金を作れるんだろう、とこの何日か考えていたからだ。モロッコがフランスから独立したのは1956年だし、事実上、アラビア語よりもフランス語を話すモロッコ人の方が多いだろうから、彼はマラケシュでもフランス語が喋れていたのだろうとは思う。パリは街を歩いていて思うけど多民族（たぶん移民も含めて）だ。その分、人種や宗教などによる差別も多いという。その多くはユダヤやイスラムに対してなのだというが、パリにいる間に、僕もアジア人差別のようなものを受けるかもしれないと思っていた。正直、それも良しと思っていた。日本でマジョリティとして生活していると差別を受けた人のショックを実感することがないからだ。しかし僕がいかにも観光客っぽかったのか、パリの人はマラケシュの彼をはじめ、たくさんの人が優しく、パリを離れる時に淋しさを感じたのは、こういった人達との会話や笑顔の記憶だった。