ヴェネツィアのGhettoゲットーは世界で最初にゲットーと呼ばれたユダヤ人隔離居住区なのだそうで、シェイクスピアの「ベニスの商人」の設定のなかでシャイロックたちユダヤ人が押込められていた居住区もきっとここのことなのだろう。ヴェネツィアでは、ゲットー以前はジュデッカ島に集められていたのだそうで、それがジュデッカの名前の由来となったらしい。
通りを曲がり、ソットポルテゴと呼ばれる建物の下を潜るトンネルのようなものを抜ける。ここのソットポルテゴの天井は低く、これがゲットーの入口となる。
もちろん今は隔離居住区ではないが、今も多くのユダヤ人が住んでおられるのだそうだ。通りからゲットーへ向かう曲がり角からの表示はヘブライ語に変わり、ダビデの星を多く目にするようになる。
入口であるソットポルテゴを潜ると広場に出た。
ヴェネツィアにある広場としては大きい方だけど、ゲットーには最盛期には7000人もの人が閉じ込められていたのだというからそれを考えると広くはない。夜になると入口を塞がれ閉じ込められていたのだという。ヴェネツィアのゲットーは「古ゲットーGhetto Vecchio」と「新ゲットーGhetto Nuovo」とが隣接しており、ここは新ゲットーと呼ばれるほうだ。
ヴェネツィア共和国時代、ユダヤ人には重い税金が掛けられ、迫害されてもいたが、虐殺などはなかったらしい。これはヴェネツィア人が宗教に無関心な人が多かったからだとWikipediaには書かれていた。「ベニスの商人」に見るものが本当だとすれば、差別と迫害はするけれど、金蔓、という存在だったのかもしれない。あまりに複雑であり、また釈然としない問題だ。昔のことのようでいて、終わった話ではない。
広場の壁にはユダヤの受難の碑があった。
ガイドツアーが多いね。
こっそり近寄って説明聞こうと思ったけど.....何言ってるのか分からなかった。