サンタ・マリア・ノヴェッラ教会を見てから東へ。
まずはサンマルコ美術館に行くことにしました。
14世紀に建てられ15世紀にはドメニコ派のフィレンツェにおける拠点になったのだそうだ。
ということは、フィレンツェにおける宗教改革的な神権政治の指導者、ドメニコ派のサヴォナローラのイメージを強く抱くところですが、その後の16〜17世紀に改装され、サヴォナローラの面影を消し去るように、今ではバロックな礼拝堂になっております。。
聖アントーニの回廊。
トイレの手前、ショップの壁にあったギルランダイオの最後の晩餐です。
1階にある1つの展示室内だけでも濃いですね。
フラ・アンジェリコの最高傑作とされているキリストの十字架降架です。
しかし今回ここで一番印象深いのは礼拝堂でも展示室でもなく2階の修道院部分でした。
2階に上がる階段の入口上にメディチ家の紋章。
フィレンツェの街のあちこちにありますね、これ。
階段を上った正面にあるアンジェリコの受胎告知です。
階段を登りながら、少しずつこのチャラさのかけらもない絵に近づくわけで、劇場的な体感的な仕掛けと言えるんじゃないでしょうか。
受胎告知のある壁の右と左奥に通路があり、修道士の個室があります。
受胎告知に向かって左の通路。
それぞれの個室の壁にアンジェリコの作品が描かれています。
当時は修道士のための祈りの部屋だったわけですが、今は美術館として見てみると、この造りと見せ方が素晴らしく美しく効果的で今でも強く心に残っています。
ちょっとこの記事を上にスクロールして、もう一度聖アントーにの回廊の写真を見てください。
あの2階の部分の窓が、この修道院の個室の窓なんですよね、きっと。
狭くシンプルな空間ですが、息苦しさはありません。
この部屋には、キリストの変容、がありました。
基本的にどの部屋も同じ造りで、通路の両側に部屋がありますが、片側の部屋の窓は中庭に、もう一方は外に向いています。
これも受胎告知ですね。
アーチの視覚的な効果が音となって伝わってくるようでたまりませんな。
1つ1つ箱を覗くように部屋を見ていきます。
壁に並んでいる絵画が、画集のページをめくるように見るものだとしたら、これは箱の中に入った作品を1つずつ開けてみるような感覚ですね。
この作品を見ているときはこの作品のことしか見えない箱の宇宙のような。
これ、なんですかね。
マグダラのマリアに、我に触れるな、と言ってる場面です。
冷たい男だね、キリストって。
聖母子像。
コジモ・ディ・メディチ専用の僧房だそうです。
マギの礼拝です。
この修道院のパトロンであるコジモの部屋だけ階段もあり広く、やはり立派なものです。
コジモは修道院の大パトロンだったとして、サヴォナローラはメディチ家の独裁的で享楽的で彼から見れば異教的な部分を強く批判していたのに、こうして援助は受けていたし専用の僧房もあったというのは複雑なものですね。
まぁ、そのあとメディチはフィレンツェから追い出され、サヴォナローラの神権政治がはじまり、厳格な彼による宗教改革活動のような、贅沢な美術工芸品が焼かれたりして市民も不安に思い始めた空気のなか、今度は逆にサヴォナローラが絞首刑となり火刑。これまた複雑でいまいちよく分かりません。
とはいえ、この美術館は体感の価値ありです。
フラ(ベアート)アンジェリコ。
本名はグイード・ディ・ピエトロ 。フラ・アンジェリコは、修道士アンジェリコ、を意味していて、アンジェリコは天使のような人物という意味なのだそうだ。
ベアート・アンジェリコと呼ばれることもあるのは、ベアート(祝福された)という意味で、名前からして彼が愛されていたのは分かるのだけれど、ここの作品を見たことで、何となくそれが分かるような気がしてきました。