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サン・シュルピス教会でのピアノコンサート

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ドラクロワのフレスコ画「ヤコブと天使の戦い」を見にサン・シュルピス教会に行った。
教会の一部は囲いで覆われていて工事中のようだ。中に入ると人は疎ら、ドラクロワのブースにも殆ど人はいなく、向かい合った2つのフレスコ画の真下にある長椅子に座ってゆっくりと「ヤコブと天使の戦い」を見上げ眺めた。とても静かな時間だった。
教会の中にピアノの音が響いた。そういえば、教会の入口にピアノコンサートのポスターが貼ってあった。この日の夜、ここでピアノコンサートがあるらしい。

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祭壇の前にグランドピアノが置かれ、ピアニストがコートを羽織りマフラーをしたままピアノを確かめるように弾いている。コンサートは16時からだから、まだ1時間ちょっとある。折角の嬉しい偶然だから、1時間したらまたここに来ることにした。本当はこの日、まだ美術館を回るつもりでいたのだけれど、ゆっくりとコンサートを楽しむことにした。
一度教会を出た。教会前の広場にあるビスコンティの噴水は美しいけど....やっぱり噴水には夏が似合うと思った。近くを散策しながらカフェで熱いショコラを飲んだ。この日も凄く寒かったからかもしれない、この時のショコラは体が温まり本当に美味しかった。

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4時近くなるとすでに人が沢山集まってきていた。きっと近所の人が多いのだろう。あちらこちらで笑顔で挨拶が交わされている。僕らは遠慮して少し後ろの横の方に座った。席はかなり埋まり、4時を20分くらい過ぎたあたりで、さっきピアノの前に座っていたピアニストが登場し、紹介された。椅子の上に置かれていたプログラムを手に取って見る。ピアニストの名前はNicolas Celoroとある。
ベートーベンのピアノソナタ「月光」からコンサートは始まった。張りつめたような寒さの教会にピアノの音色はとても美しく響いた。
第二楽章あたりだったろうか。右隣りに座る厨房長が、そのまた右に座る女性に何やら話し掛けられている。うちの厨房長は人と会話するのが嫌いなので、誰かに話し掛けられた時は僕が替わる約束になっている。厨房長は僕に「4時20分って、何て言うの?」と聞いた。どうやら始まった時間を聞かれているようだ。異文化交流.....困りながらも、ここは自分で何とかしようとしているようだった。厨房長はプログラムの裏に時間を書いて見せた。それでも女性はまだ小さな声で話し掛けているようだったから僕は少し心配になり話に加わることにした。
女性は厚手のコートに大きめの毛糸の帽子を被った上品でチャーミングな女性だった。75歳くらいだろうか。「はじまったのが4時20分じゃ、終わるのは6時30分くらいね、きっと」と言う。フランス語ではなく英語だった。「そうですか、そんなに長く」と応えた。彼女は僕の目を見ながら深く何度も頷いた。僕は演奏を聴きたかったから「どうもありがとう」と言って正面を向いた。少しするとまた女性が話し掛けて来た。はいはい、と僕は向きを替える。今度の英語は長くて上手く聞き取れなかった。聞き直すと、さっき厨房長が見せたプログラムの裏に書くというのでプログラムとボールペンを渡した。彼女が書いている間、僕はピアニストに目を向けた。
彼女は今日のピアニストのことを褒めているようだった。良く読めない単語があったので「この言葉の意味は何?」と聞いたら、うんうん、と、またプログラムとペンを取り"son of GOD"と書いてくれた。ピアノを弾くんですか?と聞くと、そうだという。そうですか、素晴らしい、と言い、また正面を向いた。暫くして彼女はまた話し掛けて来た。あなたはピアノを弾くの?と聞かれたから、弾きません、と答えた。またちょっと紙を貸して、と言われたので渡すと"Do you play an instrumental?"と書かれていた。いいえ、と答えると少し驚いた顔をしていた。今度は厨房長を指さして「彼女は学生?」と聞いた。僕は、いいえ、と答え、笑いながら、彼女は37歳ですと付け加えた。少し考えてしまっていた。彼女は僕らを音楽の学生か何かだと思っていたらしい。
僕は少しだけ自己紹介をした。だんだん、ベートーベンが耳から離れてきてしまっていた。
彼女はノルウェー人なのだそうだ。今はパリに住み、ピアニストでもあり、娘もパリでピアノを弾いていると言う。息子は南フランスでヴァイオリンを弾き、家族全員楽器を弾く音楽一家なのだそうだ。
あなたは今は絵を描かないの?と聞かれたから、はい、と答えた。ギャラリーとして作家と社会を繋ぐ空間を作りたいし、僕は描くことで稼ぐことができなかったし.....なんてことを説明しているうちに言おうとしていることも英語も分からなくなって言葉に窮した。彼女は頷きながら「あなたの仕事はとてもアーティスティックよ」と言い、宥めてくれているようだった。
そんなこんなでコンサートの前半は終わり休憩時間に入ってしまった。
教会の維持費の募金集めの人が缶を持って会場を歩きはじめた。僕らもお金を出そうとしていると、彼女はその必要はない、と僕らを強く止めた。ノット、ネセサリー、と何度も言った。彼らはたくさん(もしくは十分に)与えられている、お金は必要ない、と言っているようだったけど、未だにその真意がよく分からない。彼女は募金集めの人に声を掛け手を振り、相手も笑顔で親しげに手を振った。ピアニストが休憩中の会場に現れたときも彼女は声を掛け、ピアニストは小さく挨拶していた。
彼女は僕に名刺をくれたから、僕も自分の名刺を鞄から出して渡した。
店の屋号の前に書いてある「BAR+GALLERY」の文字を指して「グッドコンビネーション、グッドコンビネーション」と彼女は言った。とても嬉しかった。
教会の中は寒いから気を付けてね、と言って笑顔で手を振り去って行った。優しい人だった。
僕らは後半のベートーベンのピアノソナタ、ショパン、リストと聞いて帰った。
会場出口にはやはり募金集め人がいた。彼女には悪かったが、ほんの少しだけ、箱に2人で5ユーロ札を入れて外に出た。

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Eglise Saint-Sulpice
http://www.paroisse-saint-sulpice-paris.org/

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Comment(4)

素敵なおハナシです!
ありがとうございます(^。^♪
ココロがあたたまりました。

人の心の気付きにくい
気付かれにくい
微妙な振幅が描かれていて
読み応えあるショートストーリーでした。

OIL:

佐々木さん、ありがとうございます。
旅先では見て感じることも多いですが、話をしてみて考えることも多いですよね。素敵な御婦人と話が出来たこと、僕は彼女にとても感謝しています。

yuko:

そこには、とてもゆったりとした時間が流れているようですね。コンサートで知り合ったご婦人とのお話、興味深く読ませていただきました。このお話もまるで絵のようです。

OIL:

yukoさん、どうもです。
この教会、ちょっと前はダヴィンチコードの影響で観光客が増えたそうです。
小説内では異端扱いされていたので、一悶着あったそうですが....今は静けさを取り戻したようですね(^_^;)

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2009年02月28日 13:55に投稿されたエントリーのページです。

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